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ブライアン・フィニガンは20世紀の初頭まで存在

ブライアン・フィニガンは20世紀の初頭まで存在し、優れたビジネスケースを送り出しつづけた。トランク、ラゲッジ、あるいはアタッシェケース、そのいずれにも、日本では鞄の文字を当てる。漢字では、バッグやケースではなく「革つくり」や「革揉し」の意であった。しかも「カバン」という語は、モノを挟む板の「挟板」やオランダ語の「カバス」に由来するとされる。鞄という漢字にカバンの意味を持たせたのは、日本独自の用法だ。国訓字である。日本における鞄の使われ方を辿ると、初期はハードケース、木箱に革を貼ったものを指していたようだ。おそらく「革で包んだ鞄」といったイメージやニュアンスが、鞄になっていったと考えるのが自然だ。それ以前の鎧枇、薬龍、台箱、行李なども鞄のなかに包含されていく。日本に鞄が定着するのに、外交使節が大きな役割を担っていた。1871年、岩倉使節団が欧米に派遣されるが、ここに明治初期の政商、山城屋和助か随行していた。山城屋はフランスより帰国する際にハードケースを持ち帰り、大阪の職人である森田直七に託した。そして森田が試行錯誤した作品が、日本で最初の本格的な鞄であったとされる。欧米から政治や社会システムについて学ぶために派遣された大型の使節団に政商が加わり、彼が持ち帰ったハードケースが日本の鞄づくりの基礎に大きな影響をあたえたのだ。

一九九二年から進めているスパークス構想

一九九二年から進めているスパークス構想については、顧客を起点に生産から小売までを一気通貫させ、ロス・無駄を利益に変える仕組みを構築するというものであった。そしていま、その第二段階へ突入したのだ。生産系、商品系(MD)、店舗系、顧客系の四つの分野で、それぞれあるべき姿を追求し、一つのプラットホームにまとめ上げようとしている。まず「生産系」では、生産から販売まで最適化するサプライチェーンマネージメントに力を注いでいる。同社ではこれを「WP2」と呼んでいる。すなわちワールドープロダクションパートナーズの意味だ。これは素材メーカー、商社など川上部門を組織し、MD系で進めてきた業務革新を伝達し生産系に広げる。これは川上も一週間単位での業務プロセスに合わせるためのもの。

クロークに預けるためのオーバ・コートがあってもいい

ミハイルーゴルバチョフが一見地味ながら、じつに戦略的なチェスターフィールドコートを着用したのに引き換え、最近の政治リーダーたちはオーバ・コートに注意を払っていない。たとえばクリントン政権からブッシュ政権への引き継ぎのとき、新旧大統領はともにダークカラーのチェスターフィールドを着ていた。たしのチロリアンコートも人気だ。ピ・コートやダッフルコートも、こうした時期に著かに高価そうではあったが、何かを語りかけるようなコートではなかった。クルマ社会のアメリカにあっては、オーバ・コートはあまり重用されなくなってきているのかもしれない。しかし、それならそれで、クルマを降りて建物に入るまで羽織るための、あるいはホテルのクロークに預けるためのオーバ・コートがあってもいいのではあるまいか。


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